国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(以下、NEDO)が実施する、官民による若手研究者発掘支援事業(以下、「若サポ」)は、大学等の若手研究者と企業との共同研究の形成を支援することにより、次世代のイノベーションを担う人材の育成と新産業の創出を目指しています。
本連載は、電子情報通信学会とのタイアップ企画として、産学連携に積極的に取り組む若手研究者の声を届けます。第2回は大阪公立大学 大学院情報学研究科 教授であり、株式会社WiON 代表取締役として事業化にも挑戦する安在大祐先生に、AI×通信×医療の最前線と、産学連携を前に進める実践知を伺いました。
—————————————————————————————————————————
安在先生、電子情報通信学会、「若サポ」事務局へのお問合せは下記よりお願いいたします。
(委託事業者:野村総合研究所)
wakasapo-web-ieice-ext@nri.co.jp
—————————————————————————————————————————
AIと通信をつなぎ、体内デバイスの計測から医療安全までを一気通貫で目指す
—まず、安在先生の研究室ではどんなテーマに取り組んでいるのか教えてください。
—実際の成果や開発の様子で、特に面白い、役立つと感じたものはありますか。
私たちが向き合ってきたのは、①距離推定が難しい環境でも位置を正確に測ることと、②生体への影響をできるだけ小さくすることの両立です。従来は高周波の電波に依存することが多かったのですが、高周波は減衰や反射の影響を受けやすく、距離推定が不安定になりがちです。また、生体への影響も無視できません。そこで、あえて高周波依存から離れ、低周波帯の磁界・電界を組み合わせた計測方式を検証しました。低周波の磁界は、生体組織を透過しやすく、減衰や反射の影響を受けにくいため、距離推定を安定させやすく、かつ生体影響を抑えられる点が大きな利点です。
応用例としては、バッテリーレスでオンデマンドに迷走神経刺激が可能なワイヤレス給電デバイスや、栄養チューブの誤挿入事故を防ぐ位置探索装置を開発しています。これらは安全性と治療効果向上を一体で実現できる技術です。
企業と大学が力を持ち寄ることで、生まれる相乗効果
—医療×通信分野で、企業と連携することで生まれる強みは何でしょうか。
医療機器は薬事認証、安全適合試験、量産コストなど、大学だけでは乗り越えにくい壁があります。一方で企業は既存仕様や現場要件に縛られ、ゼロから再設計する時間や自由度が限られます。大学は「制約を外した根本設計」、いわゆるゼロベース見直しを担い、企業は現場力でそれを磨き上げる。この往復が価値を生みます。
私自身、WiONというスタートアップで技術の事業化も行っており、市場性や応用範囲を短期間で見極める視点は、大学での共同研究にも生きています。企業が提供できる医療機器試験施設や特殊計測環境は、大学では準備できない貴重な実証の場です。学生が現場課題に触れ、企業にも大学発の新しい発想が入る。そうした人と技術の循環こそ、産学連携の醍醐味です。
—最近印象に残った企業連携事例はありますか。
特に印象に残っているのは、「若サポ」に採択(共同研究フェーズ)されて共同研究を進めている熱中症兆候検出のプロジェクトです。提携先は、ウェアラブルデバイスの設計・製造を得意とする企業で、互いの強みを組み合わせることで短期間に試作までこぎつけました。従来の表面温度のみの測定では精度が低く、そこで複数の生体データ(心拍、皮膚温、発汗量など)を同時取得・解析する方法を考案しました。数か月以内に試作機が完成し、現在は実環境でのトライアルに入っています。
もう一つ挙げると、学会発表がきっかけになった事例です。私の論文を読んだ医療機器メーカーから「既存装置ではできない測定方法を検証してほしい」という依頼を受けました。少数精鋭で始めた共同検証が成功し、現在は量産仕様への改良計画に進んでいます。こうした出会いは展示会や学会の懇親会など、非公式な場から始まることが多いですね。
初期3か月は「相手の意図を読み、前倒しで形にする」
—連携の初期段階で共同研究を軌道に乗せるために意識していることは何ですか。
課題を抱える企業には、開始から1〜2か月で試作や実証データを提示します。それが予算要求や社内合意の材料になるからです。正式契約前でも動きを加速できます。将来構想型の案件では、市場性や応用例を早期に示すことが重要です。どちらの場合でも大事なのは、相手の本当のニーズを早く掴むことです。
—産学連携を支える制度について、どのような仕組みに価値を感じますか。
「若サポ」に代表される、最初の一年を集中的に支援する仕組みは非常に有効だと感じています。共同研究がうまく立ち上がるかどうかは、最初の数か月の動き方に大きく左右されます。この期間に、
- 企業側が本当に解決したい課題やニーズはどこにあるのか
- 大学側が、技術や設備・人員の面でどこまで対応できるのか
といった点を丁寧に擦り合わせられるかどうかが重要です。ここに使える予算や人手を、あらかじめ制度として確保してもらえることで、企業ニーズの把握と大学側の「対応できる/できない」の判断が早く進み、結果としてマッチングが加速します。
あわせて、研究の価値を企業に“翻訳”して伝える機能にも期待しています。私たち研究者にとっては、トップジャーナルへの採択や大型研究費の獲得は、その研究の水準や難易度を示す重要な指標ですが、企業側からすると、その意味合いやレベル感が直感的には伝わりにくい部分があります。
制度側が、たとえば
- その研究者がどのような専門性・強みを持っているのか
- どのレベルの成果を上げてきたのか
- 企業にとってどのようなリターンや活用余地が期待できるのか
といった情報を分かりやすい言葉で整理して示してくれると、企業の意思決定は格段に速くなりますし、「この先生と一度話してみよう」と一歩踏み出すきっかけにもなります。そうした意味で、若サポのような制度には、単に研究費を出すだけでなく、両者のギャップを埋める“通訳”の役割も大いに期待しています。
制約と「当たり前」を問い直す
—産学連携が進まない要因として、どんなケースが多いでしょうか。
一般的な話として、企業側の社内プレゼンスが弱く、担当者と組織の期待値がずれてしまうケースがあります。担当者は前向きでも、上層部や関係部署との認識が揃っておらず、「思ったほど進まない」「途中で止まってしまう」といった事態になりがちです。また、共同研究では100%の結果が出ることはほとんどなく、ある程度の試行錯誤を前提にする認識も必要です。
こうしたズレを防ぐには、月1回以上の対面も含めた密な意見交換で、早い段階から前提や期待値を擦り合わせていくことが重要だと感じています。担当者の方だけで抱え込まず、直接言いづらいことを双方の間で調整してくれる「仲人」のような役割が入ると、企業一般にとってもプロジェクトが進めやすくなると思います。
—研究から製品化へ進む際の難しさは何でしょうか。
プロトタイプでは通用したものが、製品化時の安全試験、法令準拠、規格制約、小型化など現実的課題で使えなくなることがあります。逆に企業の既成概念が誤っていて「本当は制約が小さい」場合もあり、大学からの提案で更新できることもあります。「当たり前」を疑う視点が重要です。
—情報・通信分野ならではの課題はありますか。
やはり最大の課題はコスト面です。例えば、一般的なBluetoothチップのように低価格で容易に入手できるものであれば、新しい通信方式もすぐに広く利用されます。しかし、特定用途向けの高価な専用チップとなると、製品化や普及のハードルは一気に高くなります。良い方式や性能を持っていても、それを支える部品やインフラが手頃に供給されるエコシステムが整わなければ、市場に広がるまでに時間がかかり、実用化が遅れてしまいます。技術そのものの優劣だけでなく、「どれだけ現場に届く価格で提供できるか」が実装の成否を左右すると感じています。
長期ビジョンで育てる産学連携の可能性
—企業と大学が結果を出すために必要な準備とは何でしょうか。
大学は5年先の技術動向や原因解明に強みがあります。「通信デバイスとはこういうものだ」―市場に流通している製品を見て、私たちはつい、そこに採用されている仕様が技術的な必然だと考えてしまいがちです。しかし、通信の原理や理論を専門とする研究者の目には、異なる景色が見えています。「実は、その制約条件は本質的なものではない」「理論的には、その仕様を外しても問題ない」―大学側からのそんな考えが、企業側の固定観念を打ち破るきっかけになることがあります。
学生のマンパワーで定式化・解析にも踏み込めますし、企業側は「自社ではできない課題設定」を持ち込み、固定観念に縛られず、双方がロードマップに沿って進めることが重要です。
—今後のビジョンや、企業と一緒に実現したいテーマを教えてください。
私が現在取り組んでいる共同研究のひとつに、飲み込み型センサーの研究があります。これは内閣府のムーンショット型研究開発制度の一環として進めており、3〜5年以内に臨床検証に入ることを目標としています。市場規模は決して大きくない分野ですが、大学だからこそ初期段階から挑戦でき、将来的には重要になると考えています。
このテーマは、医工学連携で医学者や薬事・開発経験者を巻き込んでいますが、臨床実施や製品化には企業協力が不可欠です。例えば、企業にはセンサーの量産設計・試験、安全適合試験、市場開拓を担ってもらい、大学は基礎技術の改良や臨床前評価を継続。こうした役割分担によって、研究から事業化までの時間を短縮したいと考えています。
さらに、本テーマ以外にも、低侵襲計測やワイヤレス給電などの医療ニーズに応える技術領域で、企業と早期共同検証を行い、数年以内の社会実装を目指します。
—これから産学連携に挑む企業/研究者へのメッセージをお願いします。
—————————————————————————————————————————
電子情報通信学会(IEICE)は、電子工学・情報工学・通信工学を中心とした 日本最大級の学術団体で、研究成果の発信や学術講演会を通じて最先端技術の創出と研究者交流を支えています。若手研究者の活躍と産学連携を重視する若サポにとって、IEICEの研究コミュニティは技術シーズ発掘や企業との協力推進に役立つ重要な基盤となります。








