【電子情報通信学会 タイアップ】気鋭の若手研究者が語る「産学連携のリアル」 Vol.1 ―セマンティック通信で拓く次の通信インフラ―

2026.02.17 Tue

国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(以下、NEDO)が実施する、官民による若手研究者発掘支援事業(以下、「若サポ」)は、大学等の若手研究者と企業との共同研究の形成を支援することにより、次世代のイノベーションを担う人材の育成と新産業の創出を目指しています。

本連載は、電子情報通信学会とのタイアップ企画として、産学連携に積極的に取り組む若手研究者の声を届けます。第1回は大阪大学 大学院工学研究科 丸田研究室の久野大介 助教です。光通信を基盤にAIや無線技術を融合させた次世代通信システムに挑戦し、特に近年はセマンティック通信の実証を進めています。また、豊富な産学連携経験から見える「若サポ」制度の意義や期待についても語っていただきました。

※久野先生は、「若サポ」の採択者ではありませんが、本記事では外部からの視点で、産学連携の価値や制度に寄せる期待をお話しいただきました。

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久野先生、電子情報通信学会、「若サポ」事務局へのお問合せは下記よりお願いいたします。
(委託事業者:野村総合研究所)
wakasapo-web-ieice-ext@nri.co.jp
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光通信からAI応用・無線融合まで、今注力しているのは「セマンティック通信」

—いま注力しているテーマと、直近の実証成果を教えてください。
私の研究は、光ファイバ通信やフォトニックネットワーク、非線形光学効果といった光通信分野を基盤に、AIや深層学習を組み合わせた通信方式、Beyond 5G/6G、IoTやエッジAIなど、幅広いテーマに展開しています。その中で近年特に力を入れているのが「セマンティック通信」です。
これは、従来型のようにビット列を忠実に送るだけではなく、データの意味や意図を保ったまま、必要十分な情報のみを伝送する方式です。不要な部分を送らないことで帯域や消費電力を削減し、極限環境や資源制約下でも効率的に機能します。
この概念を実環境で検証するため、大阪大学のキャンパスのローカル5G基地局を許認可範囲で調整し、意味ベースの信号伝送を実験しました。その結果、約100m離れた端末でも、通常のデジタル通信では受信できないレベルの微弱信号から画像を復元できました。シミュレーション段階では見えなかった「現場で動作する」手応えが得られた大きな転換点です。今後は、水中通信や洋上風力発電所の監視など、従来では通信が難しい領域への応用を目指します。

通信分野でこそ企業と組む意味は大きく、お互いの強みが加速を生む

—通信・ネットワーク分野で、なぜ企業と大学は連携すべきだと考えますか。

通信技術は、標準化され運用現場に実装されて初めて社会を変えます。大学だけでも研究は可能ですが、社会実装のノウハウや既存インフラの資産は企業が持っています。
企業はそれらを有する一方で、既存方式の「ゼロベース見直し」や長期的な最適化には時間を割きにくいことも多いのが実情です。その領域こそ大学の知見とリソースが活きる場所と考えます。さらに、企業連携は学生が現実の課題に向き合う教育の好機にもなります。
企業と大学が組むからこそできることは、大きく4つに整理できます。
大阪大学 久野大介

1.標準化や社会実装への近道
通信技術は国際標準や業界標準に組み込まれて初めて市場に広く普及します。大学単独では標準化の会議や運用現場に直接アクセスすることは難しい場合がありますが、通信キャリアや機器メーカーと早期から議論を始めることで、自らの研究成果を標準化検討のテーブルに載せる機会が得られます。これは社会実装までの距離を大きく縮める効果があります。
通信の分野では、大学として企業と連携していくのが有効な領域と、大学発スタートアップとして事業化し企業と連携していくのが有効な領域があると思います。既に大企業が存在し標準化が必要な分野は前者ですし、標準化が不要で既存企業が少ない新しい分野は後者だと考えています。

2.大学による方式の「ゼロベース」最適化
既に動いている通信方式は、現場の制約や過去の設計思想を背負っており、性能向上や効率化の余地が残っていることが多いです。しかし、企業は日々の運用や現行仕様の維持にリソースを割かれているため、「そもそものアルゴリズムや信号処理・伝送方式を根本から見直す」作業にはなかなか時間をかけられません。
大学が担えるのは、この「ゼロベース見直し」です。現行仕様に縛られず、物理レイヤーから符号化・復号、誤り訂正、変調方式、伝送誤差の補償方法までを一度”白紙に戻す”ように検討し直します。例えば、不要な計算ステップや冗長なデータ送信を削減したり、AIを活用した動的制御でチャネル環境に合わせた伝送方法へ切り替えたりするなど、こういった再設計は、新規技術の実装や既存技術の性能限界突破に直結します。

3.実証環境の利用
企業が保有する環境で大学が実験できるのも大きな利点です。例えば、都市部や屋外のローカル5Gネットワーク環境、水中での音響通信設備、洋上風力施設の監視回線など、大学だけでは持ち得ない環境での試験やデータ取得が可能になります。これにより、机上やラボ内での検証を越えて「現場で本当に動くか」の確認が行えます。

4.人材育成
共同研究は学生にとって「きれいに整った研究テーマ」ではなく、現場特有の制約や予期せぬ課題があるプロジェクトに関わる機会です。複雑な要件や異なる利害関係の中で課題解決を試みる経験は、研究者としての幅を広げるだけでなく、企業にとっても新しい発想を持つ人材が育つ効果があります。学生が携わることで企業側も視野が広がり、お互いの人材と技術の交流が促進されます。

産学連携を軌道に乗せるには、初期の「前倒し」が鍵になる

—初めての企業と動き出す際、大切にしていることは何ですか。
共同研究開始直後の3か月は極めて重要です。まず「前倒しで動く」こと。企業の決裁は想定以上に時間を要し、着想から1年後に正式スタートというケースも珍しくありません。最初に進捗頻度・期限・半年〜1年のロードマップを合意することが、後の齟齬を防ぎます。

大学と企業の時間軸を合わせ、技術を根本から再設計する

—産学連携が進まない主因と、現実的な解決策は何ですか。
産学連携が進まない理由は主に2つです。
1つ目はスピード感の違い。大学は卒業論文や修士論文の学位審査に向けて、1年や2年単位のサイクルで物事を考えてしまいますが、企業は月次・四半期単位で進捗を評価します。このサイクルの非対称を埋めるためには、プロジェクト初期に期限や進捗報告の頻度を合意しておく必要があります。
2つ目は方式見直しの機会不足です。現場では現行方式の微調整に終始してしまうことが多く、根本的な再設計を行う時間が取れません。大学がそこに入り、ゼロからアルゴリズムや信号処理方式を洗い直して最適化することで、性能や効率を一段階引き上げられます。

産学連携を動かす第一歩──出会いの場を意図して作る

—企業と研究者が出会うためにできることは何ですか。
課題の解決策を実行するためには、まず適切な相手と出会うことが欠かせません。しかし、メールでのやり取りは埋もれてしまうことも多いため、直接話せる機会が有効です。具体的には学会での声かけや、大学内外のネットワーク活用が近道になります。若手研究者の場合は、先輩や関連分野の知人を通して斜めのつながりを作るのも有効です。電子情報通信学会は、こうした接点づくりに最適な場だと思います。

「若サポ」への期待と、長期的に挑むためのビジョン

—「若サポ」を外から見て、事業の価値をどう見ますか。

私は「若サポ」を利用してはいませんが、この事業が持つ「マッチング支援の実利」と「研究者・研究テーマの可視化」は非常に大きいと感じます。特に異分野連携の機会を活性化させる点は重要です。私はこれまで同分野での企業連携が多かったのですが、「若サポ」のような仕組みがあれば、全く異なる領域との接点を作り、多様な課題解決の可能性を広げられると思います。
大阪大学 久野大介

—近い将来の構想を教えてください。
今後3〜5年は、セマンティック通信の映像伝送をセルラー、光、可視光、水中など複数方式に展開していきます。その社会実装にあたっては、対象となる市場の状況によって出口戦略を柔軟に使い分けることが重要だと考えています。例えば、セルラー通信のようにすでにトップ企業が存在し標準化が不可欠な領域では大手企業への「技術移転」を目指し、一方で、水中音響通信のようにまだプレイヤーが少なく自由に開発できる分野では「スタートアップ」を立ち上げることも視野に入れています。実際にその準備として、現在は大学の産学連携部門や地域ファンドと組み、CEO人材の探索や技術の磨き込みも進めています。こうした短期・中期の活動を通じて、最終的には10〜20年という長期スパンで一緒に挑戦できる企業との持続的な共創関係を育んでいきたいです。
産学連携を検討する方へのメッセージは、「迷うなら動く」。学会や制度を積極的に活用し、行動を起こすことが成功への第一歩です。

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電子情報通信学会(IEICE)は、電子工学・情報工学・通信工学を中心とした 日本最大級の学術団体で、研究成果の発信や学術講演会を通じて最先端技術の創出と研究者交流を支えています。若手研究者の活躍と産学連携を重視する若サポにとって、IEICEの研究コミュニティは技術シーズ発掘や企業との協力推進に役立つ重要な基盤となります。

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