新規事業開発を成功させるポイントとアカデミアとの連携による効果

2024.10.04 Fri

事業環境の急激な変化によって、既存事業の競争優位性が簡単に失われる昨今、新たな収益を生む事業をつくることは、企業が存続するための必須条件となっています。しかし現実には、多くの企業が新規事業開発に苦労しています。
今回は、企業の新規事業開発支援とベンチャー企業への投資に長年携わり、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(以下、NEDO)が実施する、官民による若手研究者発掘支援事業(以下、「若サポ」)において、研究者を伴走支援する「メンター」や研究者向けの産学連携セミナーの講師を務める堤孝志氏に、企業が新規事業開発を成功させるためのポイントや、企業がアカデミアと連携することで得られるメリットなどについて話を伺いました。

新規事業開発の重要性

―最初に、企業が新規事業開発に取り組むべき理由をお聞かせください。

たとえ好調な本業を持っていても、業績が良い状態が長続きする保証はないからです。昔のように国内の企業間で競争していた時代とは異なり、昨今は先進国だけでなく新興国の企業も市場に参入してくるため、リードしていたポジションはあっという間に失われるようになってきています。さらに、技術が進化するスピードが上がっているため、最先端の製品がすぐに陳腐化してしまうという問題もあります。そのため、競争優位性を持つ新事業を次々に生み出さないと、企業は収益源を確保できなくなり、じり貧になってしまうのです。

スタートアップ・ブレイン株式会社 堤孝志
分かりやすい例としては、コロンビア大学ビジネススクールのリタ・マグレイス教授の著書『競争優位の終焉』に取り上げられた、コダックと富士フイルムの事例があります。両社はカメラの写真フィルムのメーカーとして、2000年前後までは同じくらいの売上規模を誇っていましたが、初期のデジタルカメラへの対応で明暗が分かれました。当時のデジタルカメラを「玩具に近いもの」とみなして手を打たなかったコダックに対し、富士フイルムは「自社に対する脅威」として捉え、新しい事業に次々と挑戦していきました。結果的に、コダックは2012年に倒産(企業規模を大幅に縮小して2013年に再上場)する一方、富士フイルムは化粧品やヘルスケア、オフィスソリューションなど新たな分野を切り開いて、企業規模を拡大しています。

新規事業開発を成功させるポイントは「試行回数の多さ」

―企業が新規事業開発を成功させるためのポイントをお聞かせください。

「試行回数の多さ」が重要だと考えます。誤解を恐れずに言うと、新規事業開発はうまくいかないことが当たり前です。そのため、絞りに絞った1個で「一発必中」を狙うよりも、リスクをとってでも数を多く撃つほうが成功する確率が上がります。一方、十分に試行回数を増やすことができていない企業が多いのも実情だと感じています。

―企業は新規事業開発の試行回数を増やすことができていないということですが、具体的にどのようなことが壁になっているのでしょうか?

新規事業開発は大きく「アイデア出し」「実証実験」「事業化の判断」の3つのフェーズに分けることができ、それぞれにおいて壁が存在すると考えています。

まず、アイデア出しフェーズにおいては、募集しているのにそもそもアイデアが集まらないという壁があります。予算と時間を費やして立派な社内新規事業公募制度を作ったのに、応募数が一桁といった状態です。

次に、実証実験フェーズにおいては、既存事業のための社内ルールや既存事業へのレピュテーションリスクによって、十分な実証実験を行うことができないという壁があります。よくある事例としては、試作品や開発途中のサービスを使ってみたいというお客様が現れても、品質が高まっていないものに会社の名前を付けて出すことが許されないというものです。その場合、十分な実証実験を経て事業を練り上げることができず、失敗する可能性を減らせないまま次の行程に進んでしまうため、最終的には検討がとん挫することにつながります。

最後に、事業化の判断フェーズにおいては、新規事業の不確実性の高さが経営層の視点で「リスクが大きい」とみなされ、事業化に進む判断が下されないという壁があります。経営層がある程度のリスクを取りに行く態度を見せなければ、新規事業開発に向けた社内の機運は高まりませんし、まわりまわって社員のやる気も失われてしまいます。

―壁を乗り越えるためには、どんな打ち手が有効と考えますか?

まずは、新規事業開発の試行回数を増やしていくための社内の風土や仕組みを整備することが重要だと考えています。例えば、以下のような打ち手が考えられます。

● 失敗を許容するカルチャーの醸成により、アイデアが生まれやすい社内の雰囲気をつくる
● 既存事業とは別のブランド・子会社を立ち上げ、既存事業へのレピュテーションリスクを減らす
● 「両利き経営」の考え方をもとに、既存事業の発展と新規事業の創出を分けて考えることで、新規事業開発における事業化の判断を必要以上にシビアにしないようにする

こうした打ち手は、新規事業開発を進めていくための、いわば土台作りのための取り組みといえます。一方、社内の取り組みだけで試行回数を増やそうとしても限界があるため、アカデミアとの連携を進めることが有効になると考えています。

試行回数を増やすために、新規事業開発においてもアカデミアとの連携を

―新規事業開発を進める企業がアカデミアと連携すると、どのようなメリットが得られるのでしょうか?

先ほど述べた3つのフェーズのうち、特にアイデア出しフェーズにおいて、アカデミアとの連携が有効な打ち手になると考えています。試行回数を増やすための土台が出来上がっていても、アイデアを思いつかなければ何も始まりません。アイデアを増やすために、デザイン思考(デザイナーやクリエイターが業務で使う思考プロセスを活用し、前例のない課題の解決を図る思考法)や、ビジネスモデル・イノベーション法(他業界で成功しているビジネスモデルを参考に既存業界のビジネスモデルを変革する思考法)など、アイデア出しに関する手法を取り入れることも、もちろん有効ではあります。しかし、そうした手法だけでは出てくるアイデアの数に限りがあるという悩みも、企業から聞かれます。そこで、アカデミアの技術を起点として、製品・サービスのアイデアを出すアプローチが有効になってきます。

実際、社内で新規事業が次々に生み出されている企業では、アイデアの数が毎年100件以上というのが一つの共通点ですが、その中にはアカデミアの研究成果を活用したアイデアが含まれることも珍しくありません。アイデア出しを促進し、新規事業開発の成功のカギである「試行回数を増やす」ことにつながる点が、アカデミアとの連携の大きな効果だと考えます。また、アイデア出しを促進する以外にも効果もあります。アイデア出しの後に事業化を進める段階で、社内の技術だけでは事業やサービスの実現が難しい場合、関連技術を持っているアカデミアの研究者と一緒に開発することで、実現したかった事業やサービスを作り上げることが可能になります。
スタートアップ・ブレイン株式会社 堤孝志

また、事業化した後も、アカデミアの技術を絡めることで、新しく立ち上げた事業が他社に模倣されることを防ぎやすくなります。2つ目の効果は、後発企業が続々と参入してくる新興の産業・市場において自社事業の競争力を高める上で、特に重要です。

アカデミアとの連携を進めるにあたっての注意点

―新規事業開発を進めようとする企業が、アカデミアとの連携を進める際に注意すべきことはありますでしょうか?

アカデミアの研究者の方々は技術の専門家であり、商品やサービスを開発・提供するという企業側の尺度で考えることに慣れていない方もいます。そのため、打合せにおいて、企業とアカデミアの研究者が、お互いの意思疎通に苦労する場面も見受けられます。企業とアカデミアの研究者の双方が、お互いに持つ目線の違いを考慮してコミュニケーションを取ることが重要だと考えています。

―具体的には、どのようなコミュニケーションを指すのでしょうか?

例えば、アカデミアの研究者が研究している技術の科学的な特徴を、機能から用途へと翻訳しながらアイデアを出していくようなコミュニケーションを指しています。アカデミアの研究者・企業の双方が、お互いに持つ知見を出し合いつつ協働することで、相乗効果が生まれ、良いアイデアが量産されるシーンを何度も見てきました。

また、仮に共同研究の成立やNDAの締結などのステップに至らなかったとしても、対話の中から気づきを得ようとする姿勢も重要だと考えています。アカデミアの研究者の方々は、企業ではなかなか思いもよらないような考えやアイデアを持っていることも多いです。そういった新たな視点を取り入れることで、新規事業のアイデアが生まれたり、新規事業のアイデアを実現する糸口が見えたりすることも、アカデミアと連携する効果だと思います。

企業の新規事業担当者には、大学には有益な研究シーズは存在しないと思っている人がいるかもしれません。また、大学に連絡を取ってみるハードルが高いと感じている人もいるでしょう。しかし実際には、企業の新規事業開発に有用な研究シーズは数多く存在していますし、大学は研究成果の社会還元を求められているため、企業との連携にも積極的です。ぜひ一歩踏み出していただければと思います。

―ありがとうございました。最後に、企業で新規事業開発に取り組んでいる人へメッセージをお願いします。

新規事業を創出する活動には時間がかかります。いい提案が集まり前向きな結果が生まれる年もあれば、そうでない年もあるでしょう。しかし、企業内での新規事業の創出はワイナリーのようなもので、やめてしまうと、せっかく育てた土壌まで失われます。「継続は力なり」の言葉のとおり、すぐに結果が出なくても続けることが重要で、その姿勢が成功につながると確信しています。
スタートアップ・ブレイン株式会社 堤孝志