多くの企業にとって、産学連携の目的は、アカデミアの研究成果を上手に活用して新たな製品やサービス生み出すことです。しかし、既存の知と知を組み合わせてイノベーションにつなげられる数には限りがあります。
今回は、研究成果という「機能」を活用するのではなく、アカデミアの研究者から「思考」そのものを調達しようという産学連携の新たなスタイルについて、株式会社野村総合研究所プリンシパルの徳重剛氏に話を伺いました。
現状の産学連携によるイノベーションの難しさ
現在の産学連携のほとんどは、企業がアカデミアから有用であろうと考えられる「機能」を見つけ出し、その調達を目指す活動になっています。自社の製品やサービスと親和性が高く、短期間で社会実装できそうな研究シーズを探し、育成して製品化しようというものです。これは一般的な手法で成功例も多くありますが、成功に向けて乗り越えるべきハードルもあります。
その一つは、マッチング成立の難しさです。多くの企業はすぐに社会実装できるような成熟した研究シーズを求めますが、アカデミアでは新規性が重視されるため、社会実装までの期間を5~10年のスパンで考えるのはごく普通のことです。
このように時間軸が異なる上に、他者が持たない独自性を持っているかなどを厳しい目で見る企業(言い換えるとストライクゾーンが狭い)に対して、アカデミアの研究者は狭い領域を突き詰めていることが多いため、産学連携におけるマッチング成立には針の穴に糸を通すような難しさがあり、結実の可能性が低いのが現状です。
さらに問題なのは、マッチングが成立しづらいがために、研究者と企業の双方から産学連携への熱意が失われ得ることです。過度な期待の反動で、アカデミアと産業界の間に大きな溝ができてしまうことを危惧しています。
ー現状を打破するにはどうすればよいとお考えでしょうか?
もちろん、トライアル&エラーを繰り返しながら「機能」調達による産学連携を一歩ずつ進めていく方法は、引き続き強化していく必要があると認識していますが、ここでは、企業の皆様に発想の転換を提案したいと思います。従来型の「機能」調達は、例えるならば「カツカレーモデル」でした。カレーにカツを組み合わせてカツカレーを生み出したように、既存のアイデアにトッピングする様々な機能を外部に求めてきたわけです。しかし、このような組み合わせの妙によるイノベーションには、すでに限界が来ている部分があると感じています。
そこで提案したいのが、新しいアイデアを生み出すための「思考」そのものを、アカデミアの研究者から調達するという選択肢です。
「思考」を調達して新たな検討軸を手に入れる
ー「思考」を調達するとはどういうことか、詳しく教えてください。
アカデミアの研究者には、企業にはなかなかいない多彩な経験や遍歴を持った多様な人材が存在します。マッチングを求めて研究シーズを見ているだけでは気づきませんが、直接話してみると、思いも及ばないような切り口の「思考」を持っていることが多々あります。企業がこの「思考」をうまく活用すれば、新しいイノベーションにつなげることができると考えています。
ー具体的に、どのようなことが考えられますか?
以前は、企業のやりたいことや課題がはっきりしていることが多く、企業はそれを解決するための直接的な情報を求めることが多かったのですが、近年はDXやカーボンニュートラル、サステナビリティなど、漠然とした大きなテーマに対応する必要性が増しています。何かやらなくてはならないが、何をやるべきか一から検討する必要があるときや、多くの要素が複雑かつ重層的に絡み合う課題を解決しようとするときなどに、自社にはない、アカデミアの「思考」を調達することが、新たなマインドセットやフレームワークを構築するための助けになります。
このように、通常の企業内のコミュニケーションでは出てこないような視点が提供されるのが、アカデミアの研究者とのコミュニケーションの面白さであり、これを企業内の検討軸に加えることが、「思考」調達の要諦だと考えます。
アカデミアの中に潜む「総合知」の持ち主の活用
ー思考調達のためには、独自の発想や切り口を持った研究者と出会うことが大切ということですね。
そうです。そこで注目しているのが「総合知」という概念です。アカデミアの中には、「工学」と「医学」、「人文科学」など、複数の学問領域を越境した専門性を持った、言うなれば「総合知」の持ち主が少なからず存在します。この「総合知」の持ち主が今後の産学連携に重要な役割を果たすものと期待しています。
ー「総合知」の持ち主の役割はどのようなことでしょうか?
「総合知」の持ち主は、複数の専門知を越境する中で、総合知を育んでいます。総合知を持つということは、単に複数の専門知を持つこととは大きく意味が異なります。複数の専門知の相対的な距離、役割、位置付け、知の領域がどのようにして専門分化したかなどの知見も持っているため、企業が新たなフレームワークをつくる際の水先案内人になることができます。
ー「総合知」の持ち主を企業が上手に活かす方法を教えてください。
何の準備・想定もなしに「総合知」の持ち主と話をしても、成果を得ることは難しいと思います。そのため、以下のようなステップを踏むのが有効であると考えています。
●まずは自分たちだけで熟考する
これにより、企業内の叡智を結集して考えを深めた後で「総合知」の持ち主と接触すると、
彼らと共に考えることの効果や、その発想力を実感できる
●「総合知」の持ち主との対話を行う
コミュニケーションを通じて、自分たちの考えが無意識に狭くなっていた点などを認識した上で、
「総合知」の持ち主から提供される新しい視点を得て、自分たちが見落としていた領域に気づくことができる
●再度自分たちで熟考する
自分たちが見逃していた可能性がある領域で何ができるのかをもう一度考え抜くことで、
新たなイノベーションのヒントが生まれてくる
ーアカデミアの研究者が意識しておくべきことは何かありますでしょうか?
アカデミアの研究者は、全員が「総合知」の持ち主ではないですし、そうならなくてもいいと思います。しかし、複数の学問領域を越境した専門性を持った研究者は、一度、ご自身が「総合知」の持ち主ではないかと疑ってみてください。もしかすると、あなたはイノベーションを先導するキーマンかもしれません。
このような産学連携を推進することで、社会実験の場が得られると同時に、研究にさらなる深みをもたらす良い機会にもなるでしょう。
「総合知」の持ち主に対し、懐疑的な目ではなく、尊敬の念を込めたコミュニケーションを
ー思考調達が特に有効と考えられる業界はありますか?
一つの強力な事業で成功し続け、規模が大きくなった企業には特に有効だと思います。その事業の中でどのように成功するかというゲームを長年やってきた結果、発想を広げるという側面が苦手な企業が多いからです。
ーアカデミアの中に潜む「総合知」の活用を検討している企業へのアドバイスをお願いします。
思考調達は新しい考え方ですが、それを成功させるためには、企業がアカデミアの研究者が持つ研究シーズのみならず、その研究開発の背景にも注意を向けることが重要です。
「総合知」の持ち主は各専門領域の位置関係や専門分化してきた歴史などを熟知しており、そのような背景部分を上手く引き出すようなコミュニケーションが求められます。